いいよ!いい、ポール!
音がいいし、声がいい! いまの段階で判断するのは尚早だが、もしかしてここへきての最高傑作なんじゃ・・・そんな思いさえよぎる。
サウンド的には前作を踏襲しているというか、ワールドもジャズもクラも現音も全部咀嚼して飲み込んで、我が物としたニューサイモンのフェイズにあると思うのだけど、比較的賑やかで寛いだ前作よりもポールらしい内省的でリリカルな感触がある。さらにことこと煮込んで滑らかになったというか、たとえばライミンの後のスティルクレイジー、グレイスランドの後のリズムオブザセインツのように。内に響く声があるというか。だいだいにおいて、ぼくはそういうサイモンの方が好きなのだ。
新試行といえるのは、ハリー・パーチというアメリカの作曲家の理論を導入し、彼の発明したといわれる奇天烈な楽器を多用したというところがあるだろう。ポールによるライナーを参照すると、パーチは異常に耳の良い人物で、1オクターブに43の音を聞き分け、またその微分音階を演奏するための独自の楽器も拵えた人物なのだそうだ。「彼の音楽は「音が外れている」という言葉では言い表せない聴感覚、奇妙で不気味な美しさを持った音風景を喚起する」とポール。このアルバムにはそういう微分音階を取り入れているのだとか。また「パーチの微分音楽についての議論は、話し言葉のもつ音楽と近い関係にある」とも。ポールは早くから、話し言葉のイントネーションに付随する微細なメロディを利用してきたヴォーカリストだったし、その試みを別角度から補強されたということだろうか。まあ難しいことはよく分からんが、パーチの導入は、結果としてサウンドにはきめ細かい肌触りとアンビエントな響きを与え、ポールのヴォーカリゼーションとメロディはかつてないほどの親密さを得ているように、ぼくには思える。
ごく大まかに言うなら、シングル曲の「リストバンド」をはじめ多彩なパーカッションと(もうなんの音かわからないような音色が複雑に鳴りまくる)ベースやギターのリフのノリで持っていく曲が半分。メロディアスな曲半分といった感じだろうか。なぜかフェードアウトで終わる曲があるのが玉に瑕だが、トータルなバランスも完璧だ。
最初の数曲を「ほうほういいじゃん」って聴いていたのだけど「ストレンジャートゥストレンジャー」でぶっとんだ。なんだこの曲! 管楽器(?)かなにかがこまかい分解和音(?)を刻むアンビエントな音飾の中を、非常に流麗などこかラテンっぽい旋律がたゆたう。まず声が異常に若く聞こえるのに驚く。それから、グレイスランド以降ずっとといってもいいけれど、やや手癖(というか口癖?)に流れがちだったポールのメロディがここでは細部まできちんと配置されている。あくまで主観だけど、そう思う。曲先のアプローチに戻した効能だろうか。「インソムニアックララバイ」あたりも、こういうくっきりと綺麗なメロディってずいぶんポールは作ってこなかったんじゃないか。(まあ、「ファーザーアンドドーター」とかはあったけど。)
さらにもう一曲「クールパパベル」がやばい。これもうヴァンパイアウィークエンドから逆輸入したんじゃないかと思えるようなキラキラしたポップソングで、とても74歳の作とは、あるいは歌唱とは思えん。グレイスランドとおりこしてライミンのころすら思い浮かぶ。しかもすごいポップだけど、拍子とかどうなってるか分からんストレンジさもあって。若い、っつうんじゃ褒めてることにならないだろな。要するに、加齢によって加えられたことはあっても、何一つ損なわれちゃいないってことなんだろう。ポールは地味でもいいなんて普段言ってるけど、やっぱこういうハイライト曲が一個入ると、アルバム全体が映えるよな。


 

ストレンジャー・トゥ・ストレンジャーストレンジャー・トゥ・ストレンジャー
ポール・サイモン

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 少し前に引退を示唆するような発言をしたみたいで、ヒヤッとしたけど、まあこの人が音楽をやめるってことはありえないでしょう。ぼくは心配しないよ。never gonna stop never gonna stop himですよ。ただ死は万人に避けがたいことなのは承知している。ポールにはとにかく長く生きていて欲しい・・・。
このアルバム評判も上々なようでなにより。ぼくとしては、ぼくにとってのもう一人の神であるトムヨークが、「リストバンド」を引用してツイートしてたのがちょっと嬉しかったな。(合掌のマークの意味は分からんのだけど。)そりゃトムヨークがポールサイモン聴いてたってなんの不思議もないわけだけどさ。