言わずと知れたポール・サイモンの代表作である。
アフリカンミュージックを大胆に導入し、発表当時は音楽をこえて政治的な議論も巻き起こした問題作でもある。曰く、反アパルトヘイトの文化的ボイコットに違反した、あるいは南アフリカの音楽を搾取した云々。一時期はサイモンの名前が国連のブラックリストにも入れられたとか。
このアルバムは後に製作を描いたドキュメンタリーも作られていて、ぼくはその中でサイモンの「音楽では怒れないよ」という言葉を今も大切に胸にしまっている。
それからこうも言っている。「異なる文化を縒り合わせる方法。僕にとってはそれは明らかだ。音楽があればいい。一つの歌を通して、言葉の違いも越えて、合ったばかりの人間が深く理解しあうことが出来る。このアルバムが言っているのはそういうことなんだ」と。
政治的にナイーブ過ぎるのかもしれない。ポールが100パーセントの正義ではないのかもしれない。でもこのアルバムがもたらした善き側面は確かにあるし、それはネガティブな側面よりもずっと重要な意義があったはずだと、ぼくは思う。

サイモンのキャリアのうちでもとりわけ「明るい」一枚だと思う。音楽性はだいぶ違うけど、ソロキャリア初期の『ひとりごと』を思い起こさせるような、賑やかでカラフルな作品だ。アフリカ・ミュージックのトラックにそのまま歌を乗せてしまった「ガムブーツ」や「アイノウワットアイノウ」みたいな曲もあるし、実はアフリカ音楽だけじゃなくて、南部アメリカのケイジャンという音楽と掛け合った「ザットワズユアマザー」や、メキシコのロスロボスと共演した「指紋の伝説」なんかもあるし、ソウェトの奇異なコーラスをフィーチャーした「ホームレス」も美しいし、アフリカンサウンドながら従来のサイモネスクな叙情をたたえた「グレイスランド」もハイライトの一つだろう。ぼくとしては、レイ・フィリのギターとバクティ・クマロのフレットレスベースが、このアルバムのサウンドの核だと思うので、レイのギターがキラキラ鳴り、クマロのベースがボヨボヨと鳴る曲がとくに好きだ。ポップヒットの「コールミーアル」は無類に気持ち良いし、それから個人的にはこのアルバムのベストトラック「シューズにダイアモンド」。レイフィリのギターと、クマロのベースと、レディスミスブラックマンバーゾのコーラスと、ポールの歌メロと、最良のバランスで溶け合っているのがこの曲だ。


 

このたゆたうようなリラックスした陽性のヴァイブレーション。この優美さ。これこそがアフリカン・ミュージックとポール・サイモンの邂逅の昇華なのだと思う。ぼくはアフリカ音楽には詳しくないので断言はしないが、アフリカ音楽にもなかった、ポール・サイモンのそれまでの音楽にもなかった、新しい音楽がここで生み出されているのだ。
なぜ、このアフリカ音楽満載のレコードに「グレイスランド」と名づけたのか長いこと疑問だったけど、これはダブルミーニングで、字句どおりの「優美なる土地」はアフリカのことを指しているのだと、勢いでこのジンバブエコンサートの映像を全部見てしまったいま、ふと思い当たった。

とはいえ、ぼくは『グレイスランド』がサイモンの作中飛びぬけて良いとは思っていない。この作品も『ワントリックポニー』と同じ問題点を抱えていて、ミキシングなのか録音技術なのか知らないが、本来そうあるべきな生々しさが足りない。いくぶんオーバープロデュース気味でもあると思う。シンセサイザーのドパーンっていう音とかほんといらない。エヴァリーズも要らないし、「アンダーアフリカンスカイ」もリンダロンシュタットでなかったほうが良かったのじゃないか。ポップスとして整備されている分エネルギーに欠けていて、ライブ音源の方が良く聞こえる。ほんとはもっと良い作品になるはずのものなのだ。

これはこれで素晴らしい作品だし、グラミー賞を貰ってもいいし、25周年記念盤とか出すのもかまわないのだけど、次作の『リズムオブザセインツ』の方がもっと良い作品なんだぜ?といつも思う。

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ポール・サイモン

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