ぼくの好きだった音楽

歌が答えであったことはなかった ただ人生のサウンドトラックってだけだった

ア・プリー・アン・ヴァンドレディ/タマス・ウェルズ

はじめて聴いたときは時間が止まった。
いやそれは正確じゃないな。世界の時間と曲は流れているのに、小さな針に釘付けにされてぼくの時間だけが止まってしまった。そんな感じだった。目が点になって、スピーカーをじっと見つめてしまって、動けなかった。
メロもコードもアレンジもベタいし、その辺の音楽好きの兄ちゃんが作ったかのように素人くさいし、ポップとしてはゆるすぎるんじゃねえのとか、頭では批評してたりするのだけど、そんなふうに何かを射抜かれてしまったら、どうしようもないというか。
彼の音楽のとびぬけたピュアネスは、一面ではその素人くささの産物でもあるだろう。おそらくポップの僻地であるミャンマーを活動の地にしているということもあるだろう。先端的な音を鳴らしてやろうというような狡猾さはみじんもなくて、昔の音楽を換骨奪胎して自分らのサウンドのさしあたっての位置を見出そうとかも思ってなくて、ほんとはそうじゃないんだろうけど、レコードも数えるほどしか聴いてなくて、コードもほとんど知らないのに楽器を手にとって、フンフンってはじめた鼻歌が、その天性の美声とメロディセンスのゆえに、水晶玉のようなポップソングになってしまうというような。シガーロスというよりはヘロンのような音楽をぼくは思い出した。

美声が強調されがちだが、S&Gっ子のぼくとしては、彼らが一貫して二声のヴォーカルハーモニー(タマスの一人二役のときもあるし、他のメンバーとのデュオのときもあるのだけど)を選択しているところがツボで、それはまあS&Gほどに才気煥発なハモではなくてほとんど平行線みたいな感じなんだけど、しかしまあこんな風に純粋素朴にハーモニーを聴かせてくれるバンドって最近ではほとんどないんだよな。ダーティ・プロジェクターズもソロになっちゃったしなあ、関係ないけど。スカボロフェアみたく輪唱するオポチュニティフェアをぜひとも貼りたいところだけどないので、これを。




この曲は2枚目の

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Tamas Wells

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このレコードに入っているけど、タマスのアルバムは4枚目まではどれをとっても素晴らしいと思う。ところが5枚目になると、何かがとくに変わったわけでもないのに、魔法が解けてしまう。迷っているというか、もう自分のメロを信じきってはいないのだなたぶん。そういうことはしばしばあるんだと思う。いつまでもこんなピュアネスが続くわけもない。でもだからこそ、大切にしたくなるってもんだ。

バッッシュト・アウト/ディス・イズ・ザ・キット

もう30回くらいは聴いたけど、ど傑作だ。
じつは前作の「ウィグルドアウトザレストレス」の、週末に音楽仲間が集まってコテージで演奏するみたいな空気感が最適なのかなとか思っていた。なのでリード曲とかをネットで聴いてロックサウンドよりになっていることが正直不安だったのだけど、まったくの杞憂だった。ケイトステイプルズの資質をぼくは見誤っていた。気持ちよく間違いを認めよう。前作を凌ぐ傑作だ。 

ケイトステイプルズの作曲の基本スタンスは変わっていない。しかしプロデュースのアーロンデスナーの功績だろう。ナショナル直伝のオーガニックで非常に緻密で洗練されたバンドサウンドに乗っかることで、コテージから海岸に出たみたいな広がりが生まれている。 音数は増えているわけだが、その中でケイトの声は埋もれるということはなくて、むしろ、フォークサウンドで鳴らされているときよりもより浮き出しているように思える。ぷっくりと立体感を増し、白磁のように、まろやかに微光を帯びている。ケイトの曲と声を生かすバンド音楽のヴィジョンがアーロンデスナーには最初からあったのだろうな。素晴らしい。

曲も良くなっている。前作では一、二曲いまいちなものがあったりしたのだけど、このアルバムは全曲いい。曲想もいい具合にヴァラエティがあって、物語性と言うか起伏があって飽きない。曲が終わって、次の曲のイントロが鳴ると「きたきた」って胸が膨らむ感じ、そんな風に感じるのっていつぶりだろう? 

導入の「ミスアンダーステンディング」からの、2曲目の「シルバージョン」で窓を開けるみたいに一気に世界が広がる。オーソドックスなエイトビートロックが持つ開放感。ぼくは単調な和音を鳴らすシンセサイザーにいつも納得いかなかったのだけど、この曲で認識が変わった。そのシンセが途切れて「settle down silver john~」ってくるところでもうシビれる。「バッシュトアウト」は二つ目のハイライトだろう。ちょっとジャズを思わせるメランコリックな旋律で、ノラジョーンズの「ドンノウワイ」のインパクトを思い出す。カントリーっぽいためのあるギターで始まる「ニッツ」の「scattered on the green hill 」というとフレーズとメロでまたシビれる。それからレイディオヘッドの「レコナー」を思い起こす、「ヴィタミン」の硝子細工のようなアルペジオのイントロの綺麗さ。「ウィーアーイン」はディスイズザキットが一皮向けたことを示すシンボリックな一曲。ピアノとシンセだけのアレンジでギターがあまり鳴らない。ケイトステイプルズの弾き語りスタイルを基盤にしたこのグループとしては異色だが、超省エネメロなのにパノラミックな風景が広がる名曲。スノウパトロールの「チェイシングカーズ」みたいな受け方をしたっておかしくはないと思うのだが。




でも弾き語りヴァージョンもふつうにいいな・・・。

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数日前、ぼくは部屋でこのレコードを聴いていて、なんだが疼くような気分に駆られて、夜の散歩に出た。
ぼくはこの十数年で三度の引越しをしたけれど、前の住所は歩いていける距離にある。かつてよく通った道なんかを通ると、ノスタルジーとも愛惜ともつかない思いがふっとかすめることがあるのだけど、ディスイズザキットを聴きながら、その道を目にしたとき、あの神社の脇を抜ける小道を見下ろしたとき、吹き上げる風を総身に受けたような気分に目がくらみそうになった。それは名づけようのない感情だが、見知らぬ感情ではなかった。いつだって、昔の景色を目にしたら、そんな感情がかすかに沸きあがっていたのだ。ただそのときのような風量で、迫ってくることってなかった。ぼくは、立っていられなくてうずくまりたくなるような、また逆に、どんどん前へと歩んでいける風を背に受けているような、不思議に背反する気分に満たされた。

うまく言えないがこういうことなのだと思う。音楽はときにぼくらの心のレンズをクレンズする。鈍くなった心の機関に油をさしてくれる。 近くのものをより近くに、遠くのものをより遠くに、大きなものをより大きく、小さなものをより小さく見せてくれる。そんなとき、たくさんの灯のついたアパートが、ただそれだけで、豪奢な夜景のように美しくなる。

ジャケ買いという愚行について

ぼくがまだ救いがたいアホだった高校生のころ、一度だけジャケ買いというやつをしたことがあるのだった。
自分でものを考えられないとてつもなくアホだったあのころのぼくは、音楽好きともなれば「ジャケ買い」のひとつやふたつするものだというどこから来たのか知らないイメージを浅はかにも受け入れていたのだ。
それでともだちとCD屋にいったとき、とくに目当てのCDがなくって、まあよくやっていたように、棚に並んでいるCDを眺めていたわけだが、たしか白い背景にライムグリーンの電話機がぽんと置かれている写真のジャケが目に入った。
イメージ画像。↓

無題











マジでこんなんだった。なぜこんなもんに惹かれたのか? ぼくは自分で自分を分からない。イカれていたとしか思えない。
帯の文句もよかったのかもしれないが、ぼくはそれを手にとって、これちょっと買ってみるわ、みたいなこなれた風を装って会計したのだった。「おまえ、そんな買い方すんのな」とともだちは目を丸くしていたのを覚えている。あの一時のぼくはそれをプチ尊敬のまなざしと解釈したが、なんのことはない、こいつアホだなと、ただ呆れられていたのだと、いまにして思う。数多い消し去りたい過去のひとつだ。

あれは、誰のCDだったのだろう? もう名前も覚えていない。cooper temple clauseみたく三つの英単語が並んでいて、うちひとつがangelだったような気がするが、それも定かではない。ネットを駆使して探そうとも思わない。いや、見つけたくない。
たぶんS&Gみたいな音を期待しつつCDを再生したら、単調なバンドサウンドをバックに女声がお経みたいなメロを歌う音楽が流れてきた。即座に自分が重大な過ちを犯したことを自覚した。一分も聞かなかったんじゃないか。ぼくはすぐさまそのCDをトレイから出し、ケースに入れ、棚の奥底に封印し、以来二度と聞いていない。今思えば、そこまでしなくてもって思うし、せっかく買ったんだがらもうちょっと聴いてみろよ、もしかしたら気に入ってくるかもしれないし、とか思うけど、そのときのぼくはただいち早く失敗をなかったことにしたかったのだ。あれだ、ヘッセの蝶を盗むあの少年の気分。どうしようもない恥辱と悔恨。独りで買ったならまだしも、ぼくはあれをともだちに見られていた。「つまり君はそんなやつなんだな」と蔑みの目で・・・。

というわけで、以来ぼくはジャケ買いというのは狂気の沙汰だと思っている。そりゃジャケがカッコいいにこしたことはないが、音が伴わなければなんの意味もない。当たり前の話だ。逆に音がよければ、少々ダサいジャケでもかっこよく見えてくる。そういうもんだ。

それで好きなジャケベストみたいなのを考えてみたのだけど、なんだかんだでぼくのベストはこれなんじゃないか。一見雑多な風でいて、実は絶妙に配置されているもの、がぼくはやけに好きなのだ。

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この時期のオエイシスのジャケはシングル盤もふくめてどれもこれもカッコいい。




もちろん音楽だって最高だった。このころのオエイシスは夢と希望そのものだった。

以下、他のノミネート作品。ジャケを見るとどうしても音が聞こえてくる。音関係なしに選ぶってのはけっきょく無理だな。これらは、ジャケ買いしても、きっと後悔しない内容でもあるかと。


 
ワースト賞はこれですかね。ギャップ感も含めて。この胸毛にクレアを抱きしめてたんですかね。


 
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