ぼくの好きだった音楽

歌が答えであったことはなかった ただ人生のサウンドトラックってだけだった

アニソン特集2

ひそやかに、ぼくの好きだったアニソン第二弾。



まずは当然これですよね。かみちゅ。これと「魔法少女隊アルス」はぼくの中では、いまだに伝説のアニメなわけだけど、独特の動きの質と構図の取り方があって、アニメ見方変えさせられるというか、アニメって大人が見ても面白いんだと思えるところがあった。このオープニングなんか凝り凝りで、物をのけたらメッセージが現れる式の技法とか、習字の半紙のバタバタとか、ゆりえちゃんのアップの表情とか、全部よいよね。基本オープニングとか飛ばす性だけど、映像みたさに見ているうちに、曲も覚えてしまって、アニメのオープニング曲といえば、まっさきに思い浮かべてしまう。「いつもの並木道~自転車を漕いでく~」ってところがとくに好き。



次はこれだな。ソラノヲト。オープニングとしてはしんみりするが、クリムト風の画が綺麗で見入ってしまう。曲もアニメの世界観にあってて、カラフィナはゴスい曲よりこういうフォーキーなのがぼくは好き。といってたいして知っているわけじゃないが。欲をいうとアニメの内容に合わせて、トランペットの独奏あってもいい。同時期に「けいおん!」が大ブレイクしたので、キャラが「けいおん!」に似すぎなんて言われたりしたらしいけど、ぼくは曲も内容も断然こっちだな。


 
これは劇中歌。音楽とかない終末世界で、雨宿りしていると、缶とかにあたる雨粒の音とかが面白くなってきて・・・っていう、音楽のめばえをテーマにしたエピソードがあって、それが最終的にこの曲になっていくという。名作アニメの白眉を飾る回ですよね。類例がないとは思わないが、雨音サンプリングのパーカッションが気持ちいい。



はい、ヤマノススメ。なにしろ短いアニメだったので、曲終わったらもう半分時間は過ぎているってほどだったので、曲の印象もつよい。オーケストラをがっつり使ってにぎやかで楽しい。ブラスのパパパパーには逆らえないよな。センスあるなって調べたら、「けいおん!」の曲作ってた人だった。カラフルなアニメーションと合わせて聴きたいが、動画ないな。

期せずして少女キャッキャ系ばっかりですね。そんなのばっかり観てるってわけでもない気がするんだが。否めない好みはある。シリアスっぽいので思い浮かぶのは、『ソルティレイ』とか『シュタインズゲート』とか、最近では『ハイスコアガール』『宝石の国』とか耳を惹かれたが、ってこれ作ってるの同じ人だな。でもこの辺は流行のポップスの線上にあろうとしていて、アニソンとしていさぎよくないってのはあるかもしれない。アニソンにはアニソンの基準あるはずだと思うのだ。アニソンじゃないけど、サントラで印象に残っているのは『イブの時間』とあと『ファンタジックチルドレン』。音響ってことでいうと『神霊狩』はすごかった。

小説と音楽

よくある「ページから音楽が聞えてくる」式の紹介文なり感想なりに、ぼくは半信半疑なのだ。

これが比ゆというか誇張なのか、まじで音楽聞えているのか、どっちなのか、と。「ページから青白い炎が立ちのぼって見えた」とか「ページの行間から風が吹きつてきた」とかいうんなら、まあメタファーなんだろうと思うけど、「ページから音楽が聞えてくる」の場合は、ことによると本当に音楽が聞えているのかもしれない、とも思ってしまうところがある。みんなどっちのつもりで使っているのだろう?
いや既存曲なら分かるのだ。ある小説でベートーベンのピアノソナタが演奏されている描写があるとして、その曲を知っているものなら、読んでいて曲の記憶が想起されるってことはあるだろう。たとえば村上春樹の『世界の終りとハードボイルドワンダーランド』という小説のなかで、主人公が「ダニーボーイ」を思い出すくだりがあったと思うが、あれ読んで、ぼくはたしかにダニーボーイの旋律を聴いたような気がする。

でも、その小説のなかでしか存在しない虚構の曲が描写されたとして、それが聞えてくるなんてことがあるだろうか。

ぼくは音楽と同じくらい小説にも興味があるし、そのふたつの芸術形態の接点について考えることについてもやぶさかではないのだけど、小説の中で虚構の音楽が鳴らされて、それが聴衆に感動を与えるみたいなことになると、なんかついていけないような気分になる。昔BECKという漫画が流行っていて、ぼくも友達に借りてそれを読んだのだけど、主人公が歌ったら、周囲がわあって圧倒されて、みたいなくだりで白けてしまった覚えがある。ぼくにはなにも聞えなかったから。同じ村上春樹の『海辺のカフカ』でも「海辺のカフカ」という曲(100万枚以上レコードが売れた)の印象が懇切に描写されるが、やっぱりぼくには何も聞えなくて、なんだか騙されているような気分になった。
要は、感受性とか想像力の問題だとは思うのだ。ページにはもちろんスピーカーもついていなければ、譜面も書かれていない。つまりは空白だ。でもその空白を読んでいるほうの想像力で埋めることが出来るかって話だ。「ページから音楽が聞えてくる」式の感想を持つ人は、それができているのだろうか。だとしたら率直にうらやましい。

それでもぼくが半疑であり、全疑でないのは、ただの一度きりだが、ぼくにも文章を読んで音楽を聴いたような気分になったことがあるからなのだ・・・。

というわけで、これ。デン!




トーマス・マンの『ブッデンブローク家の人びと』。ぼくがマンにはまっていたころには、これ品切れ状態で、当時はネットで買うとかもできなかったので、表紙すらない古い版を古本屋で買うしかなかったのを覚えている。4世代に渡るブッデンブローク家の家族の歴史を描いた大河小説だ。長い長い小説の最終部、病弱の四代目ハンノがひとりピアノに向かい自作曲を演奏するくだり。

ハンノが弾いたのは、ごく単純なモチーフであって、なんの変哲もない曲、まだ生まれていないメロディの断片、一拍子半の音形にすぎなかった。最初にそれを弾いたとき、ハンノは、どこにこんな力がひそんでいたかと思わせるような力で、この音形を低い音で、個別的な音としてひびかせ、トランペットが一つの音形を同音で居丈高に吹奏して始まろうとしているメロディーの源泉であり出発であることを予告しようとするように、ハンノもピアノでその音形をひびかせ、そのときはそれがどういう意味を持つのか、見当もつかなかった。しかし、その音形がつづいて、鈍い銀色の音色を持つハーモニーで最高音部でくり返されると、その音形の本質は、解決への憧憬だけで構成されていることを感じさせた。一つの調性から他の調性へと、憧憬と苦悩にみちて蹌踉と落ち込むのであった。……あっという間に終わってしまう憐れな音形だったが、個々の音を際立たせ、重々しく、はっきりと示し、ピアノでひびかせると、神秘さと意義にみちた価値、ふしぎな意義をおびた。つづいて、めまぐるしい経過句、絶え間のない切分音の往復が始まった。模索をつづけながら、彷徨しながら、絶叫に引き裂かれながら始まり、魂は聞えてくる音に不安を覚え、不安におびえるようであった。黙ろうとしない音に、つぎつぎと新しいハーモニーを与えられて、問いつづけ、訴えつづけ、消えかけ、憧れ、喜びを約束しながらくり返される音に。切分音は、あわただしい三連音符に狂わしく取りかこまれ、一瞬ごとに烈しくなった。

と始まる賞味4ページくらいの文章。これを読んでぼくはなんだか渦潮に飲み込まれるような気分を味わったのだった。ページから音楽が聞えてきた、たしかにそうも言いたくなった。聞えたのは、具体的な音っていうのじゃないだろうが、音楽はただ単なる空気の振動ではなくて、根っこのところで心と結びついていて、聴覚を介さないところでも、どうかして響くことができるのかもしれない。それはたぶん音楽に限りなく近い「精神の流れ」みたいなものだった。それはまばゆいような哀しみとそれに随伴する痙攣的な歓喜のうちに、この長い長い物語のすべてを清算するかのようであった。音楽の描写がここまで音楽に近づくことができた例をぼくは他に知らない。
続くハンノの死を読み届けたあと、ぼくは床にひっくり返って、読み終わった文庫本を胸に置いて、「なんてすごいんだろう」とため息をついたのだった。あれは何年前の、夏のことだったろうか?


フォークと母のリユニオン

前にもちらりと書いた気がするが、中学生のときラジオでかかった「アローン・アゲイン」を聴いて、なぜだが異常に懐かしい感動を覚えたことがある。「これはぼくのための音楽だ」、と強い心の高ぶりとともに思ったものだった。そんなふうに感じたのはあとにもさきにも「サウンドオブサイレンス」と「アローンアゲイン」、この二つの曲をはじめて聴いたときだけだった。

ぼくの家族が住んでいたアパートの居間にはレコードプレイヤーがあった。が、ぼくが物心ついたころにはそれは壊れていて、というか針がなくて、それでレコードを聴いた記憶は一度もない。もしかしたら、幼かった兄やぼくが壊してしまったのかもしれない。そう思うのは、わけもなくターンテーブルを回したりでたらめにボタンを押したりして機械操作ごっこをして遊んだ記憶はあるからだけど。そのプレーヤーの置いてある戸棚の下の開き戸の中には、しかしまだ十数枚のレコードは残っていて、あるときその中にぼくは「アローン・アゲイン」の入ったレコードを見つけたのだった。それはギルバート・オサリバンのではなく、森山良子による日本語カバーのものだったが。そのときは聴いてみることはできなかったが、これだろう。




それを見つけたとき、ぼくはある納得感とともに思ったものだった。「アローン・アゲイン」をぼくは聴くまえから聴いていたのだ、と。母にそれを尋ねたことはないが、ぼくがお腹の中にいるときか、あるいは乳児だったころに、きっと聴いていたのだ、それだから、初めて聴いたときに、あんなにも懐かしく、どうしようもなく惹きつけられてしまったのだと。しかし、そのレコードを聴いていたはずの当の母はオサリバンの名前すら知らなくて、ぼくがオサリバンの名前を告げると、「なにそれ、オバタリアンみたい」と言ったのだったが・・・

父は「音楽は雑音」とのたまってはばからない人種であった。フォーク趣味はかつての母のものだった。もちろん母の若いころ、ふつうに流行っていた音楽でもあっただろう。「神田川」とか「なごり雪」とかそういう和製フォークが70年代あたりに流行っていたのだ。母の直接の影響ってのはないが、母子でどこかしら趣味の重なる部分もあるのだろう、ぼくも自然と日本のフォーク音楽にも好意を持っていたし、熱心なポールサイモン支持者ってことを知ったので、さだまさしにはとくに関心を持っていたものだった。さだは作曲や歌唱はほどほどなところだけど、作詞の面では確固としたスタイルがある。「案山子」とか「防人の詩」とか、いいよね。さだに関しては、のちに母本人に直接昔好きだったことを聞いたし、母の実家でグレープのレコードを見つけもした。
子にとって、親の若いときというか、自分が生まれるまえの親のことなんて、およそ世界の端の向こうの不確実の場めいて思える。自分の存在しない世界がかつてあって、いま自分が聴いている音楽を母が聴いていたっていうただの当たり前の事実だが、単純には飲み込めない不思議なことのような気もしてくる。

余談だが、さだに関しては、佐野元春がMCやってた「僕らの音楽」という番組のことが記憶に残っている。そこでさだは聴衆の学生たちとやりとりしながら曲をつくるというようなことをした。聴衆に詩のアイデアを求めて「この情景いいけどピンクって言葉は使いたくないな。なんか別のいいかたないかな?」「じゃあグレープフルーツの色で・・・」(このとき学生はさだがかつて「グレープ」というグループに属していたことをきっと知らなかったろう)とかいいながら。それで、さだが、さあやるよって合図もなく不意にギターを爪弾いて「グレープフルーツの~」って口ずさんだとき、ざざぁっと風が麦の穂を揺らすように、声にならない感動が聴衆のあいだに沸き立つのが分かった。テレビでみているぼくも、同じ感じを受けた。あれは素敵だった。それは、「歌」が生まれる瞬間、だったのだと思う。

といっても基本的に母と音楽の話をしたことはないし、母が積極的に音楽に興味を持つのを見たこともないし、母に自分の聴く音楽をすすめるってこともなかった。ただ大学生のころ、サニーデイサービスが人気でてたころ、どう考えても和製フォークリバイバルなわけだし、これなら母に届くだろうと思えて『東京』をカセットテープに録って送ったことがある。どういうきっかけだったのか覚えていないが、そんなことをしたのは、あとにもさきにもそれ一回きりのことだった。



母の返答としては「あんた、なんで私の好きなのが分かるん?」ってのだったが、ぼくとしては「そりゃあねえ、だいたいはね」って。
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