ぼくの好きだった音楽

歌が答えであったことはなかった ただ人生のサウンドトラックってだけだった

捨てられなかったフォートマイナー

実はぼくのもっているCDの一割くらいはサンプルCDだ。

というのも、CD屋で働いていると、メーカーから毎日のように試聴用のサンプルCDが送られてくるわけだけど、使い終わったそれは一応貸与品ではあるけれど、なんだかんだ結局店舗で処分することになるわけで、読み取り面にがっと傷を入れてゴミ箱にポイーってことになるわけである。そりゃもう処分しまくったよ。オレンジレンジだとかアクアタイムズだとかデフテックだとかダニエルパウターだとかブラックアイドピーズだとかイルディーヴォだとか、有名どころもいまや思い出せないような有象無象も、片っ端から傷を入れてはポイー、傷を入れてはポイー、右から左へ、ひよこ鑑定士のように、あるいは真珠養殖のアコヤ貝を剥くひとみたいに、てきぱきと右から左へと。サンプルには、本盤に見本品と刻印されたものもあるし、サンプル用に刷られた盤だけのものもあるし、本盤にはんこを押されただけのものもあるしいろいろだった。初めこそ、本盤同様の、つまり3000円からで売っているのとほぼ同様のものをポイーするのは怯んだけれど、すぐに慣れた。アドルフアイヒマンが人の命を奪うことに慣れてしまったのと同じように。

でまあ基本的に処分するわけだけど、中には気になるCDもあるにはあって、そういうのは自宅に持ち帰って処分、というか処分保留の状態でお預かりする、というか頂戴するのである。そんな風にして、溜め込んだCDってのがけっこうあるわけだけど、当時はそれなりにウハウハしていたと思うのだけど、よくよく考えてみれば一軍入りして愛聴したものとかって、片手に数えるほどなんだよな。そもそも国内盤の店だったし、ぼくの興味がやや偏っているってのもあったしで、結局欲しいCDは普通に買うしかなくて、自分で買うことはまずないけど、ちょっと気になって捨てるに忍びない、けども結局聴かないCDばかりが、積もり積もることになるわけだ。なので、新垣結衣のCDとか、クラプトンのベストとか、一度も聴いてもいないのに、持ってたりする。
というか、音楽ってやっぱり出会い方もあると思うし、求めるよりも前に手に入ってしまうということ、そういう事態自体が情熱に水を差すってこともあるんじゃないかと思う。

そんな中での数少ない出会いといえば、たとえばこんな・・・

Rising TiedRising Tied
Fort Minor

Warner Bros / Wea 2005-11-21
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リンキンパークのマイクシノダのプロジェクト。まず自分では買わない領域ではある。リンキンすら聴いてなかったけど、これはけっこう気に入って聴いたな。トラックが生楽器主体ってのがぼくにはよかったんだと思う。表現的にも重苦しくもなく、軽薄すぎることもなくって感じで。いまでもいいと思うな。

あの時期ってヒップホップがやたらと流行っていて、つまりストリーツやキックザカンクルーやエミネムなんかがやけに音楽誌を賑わしてた時期でもあって、ぼくの情報源だったワールドロックナウの渋谷陽一もエミネム狂いになってたりしてたので、音楽通ともなればヒップホップのひとつも嗜まなければって気分が蔓延していたのは確かで。ぼくも新しい音楽にはいつも心を開いていたいと思っていたし、そのウェーブに乗っかりたいともちょっとばかり思っていて、でもどれを聴いてもやっぱりいいとも思えなかった。でもこのフォートマイナーは例外的に気持ちよく聴けた。ぼくにとってヒップホップの入り口になってくれるかも、とか期待したりもしたけど、けっきょく息が続かなかった。結論、ヒップホップは好きじゃない。それで、つまり、これぼくのもっている唯一のヒップホップのCDってことになる。

(と書いたあとで、M.I.A.もあったの思い出した。ヒップホップにカテゴライズされるのかどうかよく分からないけれど。)

ア・プリー・アン・ヴァンドレディ/タマス・ウェルズ

はじめて聴いたときは時間が止まった。
いやそれは正確じゃないな。世界の時間と曲は流れているのに、小さな針に釘付けにされてぼくの時間だけが止まってしまった。そんな感じだった。目が点になって、スピーカーをじっと見つめてしまって、動けなかった。
メロもコードもアレンジもベタいし、その辺の音楽好きの兄ちゃんが作ったかのように素人くさいし、ポップとしてはゆるすぎるんじゃねえのとか、頭では批評してたりするのだけど、そんなふうに何かを射抜かれてしまったら、どうしようもないというか。
彼の音楽のとびぬけたピュアネスは、一面ではその素人くささの産物でもあるだろう。おそらくポップの僻地であるミャンマーを活動の地にしているということもあるだろう。先端的な音を鳴らしてやろうというような狡猾さはみじんもなくて、昔の音楽を換骨奪胎して自分らのサウンドのさしあたっての位置を見出そうとかも思ってなくて、ほんとはそうじゃないんだろうけど、レコードも数えるほどしか聴いてなくて、コードもほとんど知らないのに楽器を手にとって、フンフンってはじめた鼻歌が、その天性の美声とメロディセンスのゆえに、水晶玉のようなポップソングになってしまうというような。シガーロスというよりはヘロンのような音楽をぼくは思い出した。

美声が強調されがちだが、S&Gっ子のぼくとしては、彼らが一貫して二声のヴォーカルハーモニー(タマスの一人二役のときもあるし、他のメンバーとのデュオのときもあるのだけど)を選択しているところがツボで、それはまあS&Gほどに才気煥発なハモではなくてほとんど平行線みたいな感じなんだけど、しかしまあこんな風に純粋素朴にハーモニーを聴かせてくれるバンドって最近ではほとんどないんだよな。ダーティ・プロジェクターズもソロになっちゃったしなあ、関係ないけど。スカボロフェアみたく輪唱するオポチュニティフェアをぜひとも貼りたいところだけどないので、これを。




この曲は2枚目の

A Plea En VendrediA Plea En Vendredi
Tamas Wells

Inpartmaint / Lirico 2006-10-14
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このレコードに入っているけど、タマスのアルバムは4枚目まではどれをとっても素晴らしいと思う。ところが5枚目になると、何かがとくに変わったわけでもないのに、魔法が解けてしまう。迷っているというか、もう自分のメロを信じきってはいないのだなたぶん。そういうことはしばしばあるんだと思う。いつまでもこんなピュアネスが続くわけもない。でもだからこそ、大切にしたくなるってもんだ。

バッッシュト・アウト/ディス・イズ・ザ・キット

もう30回くらいは聴いたけど、ど傑作だ。
じつは前作の「ウィグルドアウトザレストレス」の、週末に音楽仲間が集まってコテージで演奏するみたいな空気感が最適なのかなとか思っていた。なのでリード曲とかをネットで聴いてロックサウンドよりになっていることが正直不安だったのだけど、まったくの杞憂だった。ケイトステイプルズの資質をぼくは見誤っていた。気持ちよく間違いを認めよう。前作を凌ぐ傑作だ。 

ケイトステイプルズの作曲の基本スタンスは変わっていない。しかしプロデュースのアーロンデスナーの功績だろう。ナショナル直伝のオーガニックで非常に緻密で洗練されたバンドサウンドに乗っかることで、コテージから海岸に出たみたいな広がりが生まれている。 音数は増えているわけだが、その中でケイトの声は埋もれるということはなくて、むしろ、フォークサウンドで鳴らされているときよりもより浮き出しているように思える。ぷっくりと立体感を増し、白磁のように、まろやかに微光を帯びている。ケイトの曲と声を生かすバンド音楽のヴィジョンがアーロンデスナーには最初からあったのだろうな。素晴らしい。

曲も良くなっている。前作では一、二曲いまいちなものがあったりしたのだけど、このアルバムは全曲いい。曲想もいい具合にヴァラエティがあって、物語性と言うか起伏があって飽きない。曲が終わって、次の曲のイントロが鳴ると「きたきた」って胸が膨らむ感じ、そんな風に感じるのっていつぶりだろう? 

導入の「ミスアンダーステンディング」からの、2曲目の「シルバージョン」で窓を開けるみたいに一気に世界が広がる。オーソドックスなエイトビートロックが持つ開放感。ぼくは単調な和音を鳴らすシンセサイザーにいつも納得いかなかったのだけど、この曲で認識が変わった。そのシンセが途切れて「settle down silver john~」ってくるところでもうシビれる。「バッシュトアウト」は二つ目のハイライトだろう。ちょっとジャズを思わせるメランコリックな旋律で、ノラジョーンズの「ドンノウワイ」のインパクトを思い出す。カントリーっぽいためのあるギターで始まる「ニッツ」の「scattered on the green hill 」というとフレーズとメロでまたシビれる。それからレイディオヘッドの「レコナー」を思い起こす、「ヴィタミン」の硝子細工のようなアルペジオのイントロの綺麗さ。「ウィーアーイン」はディスイズザキットが一皮向けたことを示すシンボリックな一曲。ピアノとシンセだけのアレンジでギターがあまり鳴らない。ケイトステイプルズの弾き語りスタイルを基盤にしたこのグループとしては異色だが、超省エネメロなのにパノラミックな風景が広がる名曲。スノウパトロールの「チェイシングカーズ」みたいな受け方をしたっておかしくはないと思うのだが。




でも弾き語りヴァージョンもふつうにいいな・・・。

Bashed OutBashed Out
This Is The Kit

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数日前、ぼくは部屋でこのレコードを聴いていて、なんだが疼くような気分に駆られて、夜の散歩に出た。
ぼくはこの十数年で三度の引越しをしたけれど、前の住所は歩いていける距離にある。かつてよく通った道なんかを通ると、ノスタルジーとも愛惜ともつかない思いがふっとかすめることがあるのだけど、ディスイズザキットを聴きながら、その道を目にしたとき、あの神社の脇を抜ける小道を見下ろしたとき、吹き上げる風を総身に受けたような気分に目がくらみそうになった。それは名づけようのない感情だが、見知らぬ感情ではなかった。いつだって、昔の景色を目にしたら、そんな感情がかすかに沸きあがっていたのだ。ただそのときのような風量で、迫ってくることってなかった。ぼくは、立っていられなくてうずくまりたくなるような、また逆に、どんどん前へと歩んでいける風を背に受けているような、不思議に背反する気分に満たされた。

うまく言えないがこういうことなのだと思う。音楽はときにぼくらの心のレンズをクレンズする。鈍くなった心の機関に油をさしてくれる。 近くのものをより近くに、遠くのものをより遠くに、大きなものをより大きく、小さなものをより小さく見せてくれる。そんなとき、たくさんの灯のついたアパートが、ただそれだけで、豪奢な夜景のように美しくなる。
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